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2013/10/16

「花は葉を想い 葉は花を想う」 彼岸花

急に秋の深まりを肌に感じるようになりました。
彼岸花も花を仕舞って花茎を倒して来ています。

10/15 魚成 田穂川の河岸で




猛暑の夏があっても
10月に入っても真夏日が続いても
野の草花たちは時の移ろいに従い季節を生きています。

中の畑の花壇の草取りをしてたら、
春に葡萄の果実に似た釣鐘型の青紫の小花を房状につけるムスカリが葉を伸ばしています。
雪の中でも春の訪れを知らせてくれる水仙も
夏に地上から姿を隠したワイルドベリーも、茎を朱に輝かせ緑葉を見せてくれてます。

10/15 魚成の畑で



青い葉が育って、花茎が伸びて花が着く
何の疑いもなく、そう思っていたんですが

彼岸花
秋のお彼岸が近付くと、それを知らせるように咲く彼岸花
葉もなく節もない花茎を突然のように地上に突出させてきます。

9/19 石手川の土手で

花茎が伸びて莟が赤くなってます。

地上に顔を出してかなり経っていると思います。


地上に顔を出した時は、まだ青い色をしてますが、地中で莟になったのかな?
丸みを帯びた柔らかい感じすらする姿です。
9/19 石手川の土手で
お彼岸のころに、突然のように葉も節もない花茎を伸ばし花を咲かすからでしょうか
彼岸花には、「死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)など不吉な異名も多くあります(Wikiを参照)」

一方、別名の曼珠沙華は、法華経などの仏典に由来すし、「天上の花」という意味も持っており(Wiki参照)「天上花」「天涯の花」の異名もあります。

異名の多さは、それだけ多くの想いが彼岸花に寄せられていることの顕れとイイと思うのですが・

ところで、
花を枯らして花茎を倒した姿になった彼岸花の周囲に、美しい緑葉が伸びていますが
これは彼岸花の葉っぱだそうです。65にして初めて知りました^^;

10/15 深いミドリと柔らかいミドリをスッと伸ばし初めた彼岸花
花を枯らしたあと、グングンと葉を伸ばし冬を越し,
5月には葉を枯らし地上から姿を隠し
秋のお彼岸のころに突然のように莟を地上に現す

「花と葉が同時に出ることはない」という特徴から、日本では「葉見ず花見ず」とも言われる(Wiki)そうですが

隣国の韓国では、
花と葉を同時に見ることはできない。  葉のあるときには花はなく、  花のときには葉がない。  このことから 「サンチョ(相思華)」と呼ぶそうです(季節の花300 より)



同時に同じところに居なくても、

いや居れないからこそ
より強く固く想い合う

花は葉を想い 葉は花を想う


魚成シャエンバの「misasi堤」に、彼岸花の芋を移植して育てよう

2013/10/02

農人日誌 9月 「ようやんなはっとるな」

9月は
17日から21日まで
そして、25日から月末30日まで
ま、その間に21日は四国西予市ジオガイド講習、28日には雨包山自然観察会に参加もしたりしながらだけど^^;


畑作業の目標の第一は荒れてしまった畑を畑にもどすこと
畑に一ヶ月以上もくることができなくて、今年の前半を掛けた下の畑の開墾は、胸の高さにまで伸びた雑草の中に消し去られてしまっていたから


最初は、どこから手を付けてよいのか、それが判らない
上と中の畑に絞って、下の畑の耕作は放棄しようかとさえ思ったりもしたのも事実ですが

9/26
中の畑

下の畑


眼前の障害に目をつぶって何が農人
雑草が障害なら、雑草を取ればイイ
草を取って、土を起こして、それを繰り返したらイイんだ
イイと思うことをやればイイ


(褒めてやってもエエじゃろか^^)

甘い自己評価だけど^^;
そんなことを思えた30日のお昼過ぎ、

田穂川を挟んで畑の真向かいの宿舎側の川縁にカワセミの姿が
エメラルドブルーが耀いた

カメラを取りに行ってくる間、おなじ場所で

川面を見つめ

空を見上げ

待っといてくれたんやろか^^

数枚シャッターを押したとき、川面にエメラルドブルーを耀かせ葦の茂みのなかへ

飛翔の姿はとらえることができなかったが・

(そう、あの時もだ。)
そう、二度目のカワセミとの出会いです

ブログを繰ったら、今年の6/9のこと 「水面にエメラルドブルーが!かわせみ!?」

最後に、こんなことを書いてます。

カワセミ

奥伊予の畑に立ってもうすぐ満一年

初めて出合ったカワセミ


カメラを提げて出歩くようになって5年・

教えていただいたカワセミのスポットを訪ねたことも数多いが

初めてカメラにおさめることができたカワセミ

(畑になったね)

そう語りかけてくれたように思えた

(ありがとう
鍬を振り続けていくよ)

そう呟いたとき、水面にエメラルドブルーが・・

飛翔の景にシャッターを押すことはできなかったけど

鍬を振り続けて行こう

きっとまた逢いに来てくれるだろう

念じ続けよう



念じ続ける・・

何を念じて来ただろうか・・・


昼食を済ませてから
枯れ草に二度目の火をいれた
倉庫で見つけた大きなフォークのような道具で起こし切れてない根っ子をかき集めて燃やした

画像は15時すこし前

このまま天日で乾かしたらイイかなとも思ったが
燃やしガラを放置したままなのは・・
乾燥した日が続いているし風もある
そして今夕には松山へ発つんだから

16時

写真を撮ってたら、

「ようやんなはっとるな」

マサルさんの声だった

「藁は小屋に入れとるけん、要るだけつかいないよ」


この後、水遣り
顔に掛かる飛沫が、熱く塩っぽく感じられた



念じ続ける

何を念じて来ただろうか


泣き虫なんだから、泣き虫でイイじゃないか
農人になりたい
農人でありたい
それがmisasiの思い願いつづけていることではある





「ようやんなはっとるな」畑になってきたね。続けていってね。)
カワセミの声が聴こえてくる^^













また、魚成の畑で鳴いてくれ^^

2013/07/29

大野ケ原の龍王神社・小松ケ池 memo

7/27四国西予ジオガイド講座で大野ケ原へ

ジオポイント 龍王神社、小松ケ池


龍王神社より引用

 詳細は未詳であるが、創祀は承応4年と伝えられる。往古より小松ヶ池(現神社裏池)に龍住めり、この池は神霊池として伝えられ、旧大洲領八ヶ村の雨乞い祈祷場所であった。明治37年この地が陸軍演習地と成りし時、75日間大雨・大風が降り続き、龍神の怒りと恐れられ、二間角の宮を建て、奉納角力(すもう)などを行い、龍神を慰め献奉れば、直ちに晴天白日となったと伝えられる。又、この池には見る度に位置が変わる小島(浮島)があり、社名を浮島神社と称されていた。
 昭和3年4月、社名を龍王神社と改められ、現在に至る。

龍王神社・小松ケ池より引用

竜の神様として信仰を集める龍王神社

この神社には「その昔、土佐の米商人の娘・小松が、父が財産を増やすために不正を行っていることを知り、悲しみのあまり池に身を投じた。その後、小松は龍となり、池の主となった」という伝説が残り、水を司る竜の神様として信仰を集めています。海とは無縁の高地の神様であるのに、漁業・商売などの神であり、海難・干ばつ除けのご利益がある、とても珍しい神社です。
また、神社の裏手にある小松が身を投じたとされる小松ヶ池は、世界的にも珍しいドリーネに水が溜まってできた池です。水面には澄んだ水にのみ自生するという珍しいジュンサイが生え、この池に豊かな水量と水質があることを物語っています。






ドリーネに水が溜ってできた池に浮かぶ浮島

小松ケ池の鳥居

鳥居越しに小松ケ池


龍王神社の社殿で  お遍路さんが南無大師遍照金剛を唱えている!!

お大師様と神の境地へ同行二人・・

お大師様信仰と言うことで茶堂との関連を考えるのも面白いかも




八幡浜沖の大島と大野ケ原を往き帰した龍がいて、その龍が憩ったと言い伝えられる淵が(八幡浜市)双岩あるが

龍王神社に、その伝承はあるんだろうか。

八幡浜大島には竜王池がある。


===

龍王神社境内に咲いてたヤブカンゾウの花


小松ケ池で
 ジュウヤク
ガクアジサイ

2013/07/02

穴神鍾乳洞・川津南やっちみる会

【四国西予ジオパーク構想】

6/29、ジオガイド養成講座で、穴神鍾乳洞(西予市城川町川津南)へ。


■穴神鍾乳洞
中生代ジュラ紀の石灰岩にできた全長約300mの鍾乳洞に75mの遊歩道が整備されている。
洞窟下部は上部とつながっており、小規模ながら石筍、石柱、つらら石、フローストーンなどが大切に保存され、鍾乳洞の世界を楽しむことができる。
また、洞窟上部には、縄文早期の土器や貝殻の装身具を多量に出土し、長期にわたる住居跡であったことが明らかにされている。
(講座資料)







 【 写真アルバム】(24枚)
 ↓の、画像か、タイトルを、クリックしてください。              
穴神鍾乳洞


【スライド・ショウ】



鍾乳洞を抜けたら
         お^^
川津南やっちみる会 の高山くんが^^

今日は講習中につき、ちょこっと挨拶をして
昼食、午後の模擬ガイド実習会場の公民館・川津南分館へ行くと
          お!^^
やっちみる!

(とにかく やってみる)の意

やっちみる会の素晴らしいのは地区あげての活動であること。
地区住民は全員加入であると聞いたことがある。


昼食も、やっちみる会さんの手作りピザに料理^^

トッピング具材も地元産のピザ
トマトソース、カレー風味、餅入りと3味^^




人参マリネ、地鶏のサラダも絶品でした。
講習中でノンアルでしたが^^;

ごちそうさまでした!^^


☆☆手作りのピザ窯は、なんとしても見せていただくては・・一人探検^^


(あれ。もう頂いたのに)とカメラを向けたら

「どんなやったですか」
「まだまだ つくっとるよ」



「どんなやったかの。しろとピザじゃけん」
「一枚づつ焼くけん、ゆっくり食べよ」







(おいしかったです^^ ありがとうございます!)


往還



鍾乳洞に入る前のガイダンスのなかで、やっちみる会のエビスさんが

「あの山の向こう側は梼原です。
九十九曲峠があって黒瀬川は、そこを源にこっちに流れて来てます

竜馬脱藩の道は、こっちだと(※他に河辺村ルートあり。)若いモンが頑張ってますが・
吉村寅太郎が九十九曲峠からこちらに入って来たのは確認されています・・」


高山君が
「あそこをオウカンが、とうとったんです」(往還が通っていた)

「トンネルを抜いて国道をこっちに通す話もあったみたいですが」
(R197は城川町から少し西に迂回するかたちで日吉村に入り、そこから東に高知・梼原に通じている)

「トンネルが抜けとったら、僕らもここに残ってなかったかも・・」


・・・・


トンネルが抜けなかったから、守られたものがある

それは心を流れる往還と言い換えて良いんじゃないかな

心の往還を歩き続けること
 それが一番たいせつなことだと思う





・・・・
神社の山


「あの山に神社があるんです。下まで行って見てください」と、高山くんが
「なんて山ですか?」尋ねたら
「え~っと
  エビスさん、あの神社の山、なん言うたかな?」
高山君がエビスさんに声を掛けたら

「う~ん、神社の山よ」(エビスさん)
「そうよな、神社の山よな」(高山くん)





こんど、三柱神社の石段を上ってみたい

こんど、黒瀬川の源に立ってみたいと思う

心の往還を歩き続けること
 それが一番たいせつなことだと思う