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2011/11/01

【一宮さま(2)】旧・大工町に保存伝承されている”猿田彦ねり”(2)

【一宮様(1)】旧・大工町に保存伝承されている”猿田彦ねり”(1) 
に、大本敬久さん(愛媛県文化歴史博物館 専門学芸員)から次のコメントをいただきました。


猿田彦、伊達博が持っている江戸時代の絵巻にも描かれています。巫女の舞は他地域が昭和10年代に全国画一の浦安の舞を取り入れて古い巫女舞が駆逐されたのですが、大工町は古い巫女舞を受け継いでいる印象があります。近隣に類例がない巫女舞です。牛鬼や鹿踊りが注目されがちですが、大工町の練りは貴重だと思います。




巫女舞の写真を動画風にしたものです。(10月29日)








2011/10/31

【一宮さま(1)】旧・大工町に保存伝承されている”猿田彦ねり”

猿田彦ねり保存会(宇和島市)
(さるたひこねりほぞんかい)

 宇和島市宇和津彦神社は、伊達秀宗の治世に建立された由緒ある神社で、その秋季大祭には、多くのねりが市内を行列します。その際、愛宕町からは、天童・巫女を随えた猿田彦行列が出て、ねりの先導を務めます。猿田彦は日本神話の神で、天孫降臨の一行を出迎え、高千穂まで先導した位の高い神様です。猿田彦・天童・お稚児・巫女・太鼓のほか、傘や賽銭箱の道具もちが付き従い、絢爛なねり絵巻が広がります。あでやかな装束に身を包んだ巫女姿の少女が白羽二重のちはやを翻して、辻ごとに神楽舞いを披露します。
※ http://www.iyobank.co.jp/chiiki/n049.htm から引用させてもらいました。(太字は引用者)

高校卒業まで宇和島で過ごし、宇和津彦神社の氏子であったのですが、ねりを先導する猿田彦、巫女姿の舞を観るのは初めてでしたが、伝承されるものの輝きに酔いしれる思いがありました。
29日に撮影した写真を動画風に並べてみました。
 「猿田彦ねり」が伝承されているのは、愛宕町1丁目、2丁目です。
猿田彦を観るのは初めてでしたが、記憶に「大工町」の町名があります。

写真は、28日の宵宮に宇和津彦神社に奉納される際のものです。
染め抜きではなく、永年保存されていることが窺えました。

■大工町




旧町名の由来には、つぎのように記されています。

■大工町(だいくまち)

旧藩時代、宇和島藩御作事奉行配下の大工職人が多く居住していたので
この名がついたといわれている。
その後、職人が雑業者が居住し、さらに商業地となった


支える人々。
共振する街。
永遠なれ