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2011/08/15

「お盆の景《花串》」(愛媛・宇和島)

《花串》
花串
20cm程の竹のヘラに、蓮の花のかたちに切り抜かれた紙が貼り付けられてます。
印刷ではなく、一枚づつスタンプを押しているようです。

お盆の時期お寺さんを参ると、個人名の記された花串が水鉢の辺りに立てかけれているのを見かけます。
(余談ですが、先の尖っているほうが上になります。はじめて無記のものを見たときは、こちらを突き刺すものかと思ったものです。)

この花串、どうやら墓参の名刺のようなものなんでしょうが
一部には、その数の多さで家系の隆盛を誇るむきもあるようです。

さておき、
父の新盆で宇和島に帰って御霊供のお世話をしながら、ふと思い出したことがあります。

父が80を越えた頃だったと思いますが、母から頼まれて父の墓参行の運転手をすることになりました。狭い宇和島の街ですが、山沿いに市街を自転車で半周する行程は、季節がらかなり難渋すこともあったでしょう。

何年か供をしていたある時、語り掛けてくると云うのでなく、つぶやくようにこんな事を言ったのを思い出しました。

(この二年見ることが出来ず心配していたが、今年は出会うことができた・・
(花串に記された名に、字のクセに)動静を知ってホッとすることもできる・・・。

このような意味のことだったと記憶しています。



家の墓のある鬼北のほうでは見かけることはありませんが、

この花串を墓参に添えるのは旧宇和島市内の風習なんでしょうか。

花屋さん、スーパー、商店でもこんな張り紙が出ます。



14日朝、初めて花串を求めに出掛けたのですが、こんな景にも出合うことができました。






おじさんの曰く、「最近は花串を供えるのも減ったかな」とのことでした。

写真をお願いしたら
「オラは、はずかしー」

すると、横からも 「俺も撮るのかな~」

こんな光景は、ずうっと大切に守られていって欲しいですね。

2011/08/08

「ふるさと怪談」

愛媛県歴史文化博物館(愛媛歴博)で開催された「ふるさと怪談トークライブin愛媛」に行ってきました。

写真左手から
東 雅夫さん (文芸評論家、怪談専門誌『幽』編集長) 「ふるさと怪談トークライブ」の仕掛け人。
そのお隣が、作家の宇佐美 まことさん。『幽』『幽』怪談文学賞短編部門大賞を受賞されてます。
トークライブを全国に展開していくのに、東さんが愛媛出身の宇佐美さんに声を掛けられたのがトークライブin愛媛の始めとか。
その宇佐美さんが具体化の相談をされたのが、右端の大本敬久さん。民族学者で会場、愛媛県歴史文化博物館学芸員をされてます。
大本さんの左手は、愛媛を舞台に取材、執筆を続けられているフリーラーターの土井中照さん。
話が具体化していくなかで、東さんと大本さんに11年前のお付き合いがあったことが判明するなどのエピソードも。
切っ掛けは南予地方の「牛鬼」
まさに、妖怪が繋いだイベントと言ってよいかもしれません。



さぁ、とPCの前に座ったのですが
民話伝承に興味以上のモノをもっておらず、トークの内容に講釈できるはずもありません。


当日の資料などを写させてもらいながら、興味の中身が整理できたらなと思います。



【東日本大震災復興支援イベント ふるさと怪談トークライブ】


◆「みちのく怪談プロジェクト」とは?(当日資料より)


文芸評論家/『幽』編集長の東雅夫と荒蝦夷(あらえみし。misasi註)代表の土方正志が発起し、盛岡在住の作家・高橋克彦、東北学を提唱する民俗学者・赤坂憲雄をはじめとする賛同者を得て、2010年に旗揚げされた「怪談文芸による東北の地域文化振興」を企画する文芸ムーブメントです。
みちのく=東北地方をテーマとする古今の怪談文学作品と作家の顕彰・再評価や、公募企画「みちのく怪談コンテスト」を通じての新たな才能の発掘などを中心に、協賛出版社(荒蝦夷、メディアファクトリーなど)での書籍・雑誌の編集刊行や講演・イベントなどの活動を展開しています。


◆東日本大震災の影響(当日資料より)


東北一円に根ざした地域密着型の営業方針を貫いてきた荒蝦夷にとって、このたびの震災による被害はきわめて深刻です。
仙台の事務所とスタッフの自宅は、すぐには居住不可能な損害を被り、取引先の書店と店頭在庫の多くも津波や原発の被害により失われました。現在は山形に仮事務所を置き、仙台での再起へ向けて準備を進めているところです。
「みちのく怪談プロジェクト」の推進母体として中心的役割を果たしてきた荒蝦夷の再起は、プロジェクトの継続にとっても必要不可欠な課題です。



荒蝦夷(あらえみし。misasi註) http://homepage2.nifty.com/araemishi/ 


この案内文が最初の出合いであったら、果たして興味をもったかな?
自問してみたら否です。
活動の内容、意義は措いて、それこそ未曾有の大震災が東日本を襲ったのですから、被害の大きさも想像を絶するもので、一プロジェクト、一出版社の再起、再興へ眼は向かなかったと思うんです。
(余談ですが、被災地いわきで長男家族が頑張っています。東日本大震災復興支援イベントに何で「ふるさと怪談」なの!たぶん反発の方が大きかったと思います。)

ですが、

「みちのく怪談プロジェクト」支援のトークライブが愛媛でも

Twitterで知りました。

6/16付、タイトルをそのままお借りしてブログに書いてます。


■asahi.com(朝日新聞社):みちのく怪談プロジェクト トークライブで支援 -  (5/11付)

東日本大震災の被災地、東北の怪談を広める「みちのく怪談プロジェクト」を支援しようと、文芸評論家の東雅夫らが「ふるさと怪談トークライブ」を立ち上げ、全国を巡っている。
みちのく怪談プロジェクトは昨年から、仙台市の出版社「荒蝦夷」が事務局になって行われてきた。「怪談ブックフェア」や「怪談コンテスト」などをしてきたが、震災で事務所が使えなくなるなど、活動に支障がでている。
トークライブは全国約15カ所で開催予定。6月11日は大阪市の和光寺で午後7時から。作家三輪チサ、マンガ家うえやま洋介犬らが参加する。問い合わせは事務局へのメール(info@monga.jp)かツイッター(@hurusatokwaidan)で。(高津祐典)


■出演者に列せられている大本敬久さんのtweetで知りました。


大本さんと面識はありませんが、twitterで二度ばかり素人質問をしましたら丁寧な回答を寄せていただきました。


だからって、お礼のRTをと云うのじゃありません(笑)


ただ、繋がり合うこと、支え合うこと、伝承されるものとは、を改めて見つめる契機をいただけたと感謝しています。




みちのくの怪談と言えば、「遠野の河童」が浮かんできますが、愛媛会場の西予市には「明浜のカッパ伝説」があります。


きっと繋がっているもの、同根の思い、祈りがあると思うんです。
「思いたい心境」と言ったほうがイイのかもしれませんが(笑)、


まずは会場に足を運んで、心ばかりの募金をさせてもらいたいと思います。


一歩です。



======

◇ちょっと立ち止まって振り返ってみたら、

個が頑張っている。


個が共感する。


繋がり合う。


それが共振。


これが共生。

こんな感想をもったことが興味に繋がったんだと思います。


◇聴講させてもらった感想は

これが共生なんだ。(^^)/まとめる力がありません(笑)

あとは、個misasiがいかに共振していけるかと言うことですね。


◆大本さんが、奥州から四国の南西端・宇和島に入府の伊達家老の家に伝わる「松根の生首伝説」を紹介されたときは、小学生のときにタイムスリップ~同級生に松根の娘さんがいて何やらコワイ話を聞かされたことがあったような、なかったような(笑)

それより思わず身を乗り出したのは、司会の東さんが「ねぶた武者絵」との類似性を指摘されたときです。

松根の生首


言われてみると、肉太な縁取りの墨線や血糊のボカシには共通するものが感じられました。
ねぶたも生首の旗指物も、まだ見たことはありませんが、現に足を運び見られておられる言葉には力があります。

自ら赴くこと、自ら収集することの素晴らしさは土井中さんの著書「えひめの伝説・妖怪編」でも強く教えられます。その中から作成されたスライドは聴講の子どもさんはもちろん、わたしども年長の者の目も惹きつけました。
七人ミサキ(伊方町瀬戸)の一場面


◇学術的なアプローチは専門の方にお任せするとして、

妖怪が何故生まれたの。

なんで怪談話として伝承されて来たの。

魂の共振・・

人と妖怪の共生・・

こんな言葉がフツフツと湧いてきたように感じました。


大震災に、原発事故・・こんな困難な時だからこそ、それぞれが個の問題として考えないといけないのじゃないかな。

それが持続されて、共振して共生に繋がっていくとすれば、この上ない歓びだな。

こう思えたのは、たしかなmisasiの一歩と自賛していいでしょうか(^^)/ありがとうございました。


◆「みちのく怪談」から「ふるさと怪談」へ!(当日資料より)

2010年に開催された「みちのく怪談プロジェクト」は、東北各地に大きな反響を呼びましたが、それが呼び水になって現在、全国各地で同じような地域密着型怪談プロジェクトを起ちあげようとする動きが、急速に広まりつつあります。
地元に伝わる怖い話や不思議な話を蒐め、語り、書き記すことを通じて、その土地がもつ伝承や歴史に親しみ、ひいては世代間コミュニケーションの活性化、地域文化の振興へと繋げてゆこうとする気宇壮大な計画です。
こうした運動を、私たちは「ふるさと怪談」と呼んでおります。
今回の「ふるさと怪談トークライブ」も、「みちのく怪談」支援のチャリティであると同時に、その精神を全国へ拡げる「ふるさと怪談」ムーブメントと位置づけております。
怪談を愛し、ふるさとを愛する皆様の御支援・御協力を、伏してお願い申しあげます。

語り繋ぐ、怪談の絆!


=========
   

愛媛歴博を訪ねたのは初めて、まず施設の立派さに驚かされました。

エントランス


















ちょうど入館される方を見れば、規模の大きさが分かります。
入ると、高い吹き抜けで正面に昇、降、専用のエスカレーターが設置されていて威圧感もあったのですが、昇るとそこは小さなホールになっていて、なにか親近感がありました。

この地方の七夕は月遅れで、ホールには笹飾りが並んでました。

短冊と紙縒りも用意してもらってましたので、

misasiの祈り「日日平安」

☆愛媛県歴史文化博物館 ⇒ http://www.i-rekihaku.jp/index.html 

☆愛媛県歴史文化博物館 学芸員ブログ『研究室から』

「異界・妖怪大博覧会」3―生首の旗―            http://rekihaku.jugem.jp/page=1&month=200707

2011/07/26

夏祭・花火 (盛夏に秋が孕む)

うわじま牛鬼まつり・花火大会(2011.07.23)

高校卒業以来だから45年ぶり

春の花見に声を掛けてくれたHから夏は花火だと聞いていて
(何時かな?)と、フト思い出したとき電話があった。
「23日だぞ。」
(うれしい)
6時ころから飲み初めて8時半からの打ち上げ花火を観賞するとのことだが
春と同じく、準備から参加させてもらった。
4月10日は桜の最期の時季だった。
きょうは盛夏の潮風を受けて野菜に包丁をいれた。

煙火の音が遠くで木霊するように響いた。

それに何かが共鳴する。
"想い出"とか・・そんな感傷ではないが、なにかが共鳴する。
足音かもしれない。


三々五々と集まる人数が増すごとに夜の帳も下りてきて打ち上げが始った。


実を言うと、虚空に咲く徒花って感じがして花火あまり好きでない。
はかなく散る桜花もそうだ。
儚すぎる・・・・・

この45年の間、私は、桜を、そして花火を憎んでいたのかもしれない。
いや、憎もうとしていたのかも・・・





足音が響いた。
わたしの足音だ。
儚くてイイじゃないか。
これは誰のものでもない、わたしの足音だ。

盛夏は秋を孕んでいる。


フィナーレの夜空にそう思った。



2011/06/27

《今年は表年!?(^^)》


6/26、宇和島の家の柿の木に実がたくさん付いていました(^^)
去年は裏年で、枯れ葉が路地を覆っただけだったので暫し見惚れてしまいました。

実りの悪いのが裏年なら、たわわに実るのは表年?

ググってみたらありました。



 アキバ博士の「農の知恵」 よりお借りしました。



さて、きのうは無住になっている宇和島の家の庭掃除に行ったのですが
2ヶ月のズボラのために草は伸び放題。庭の樹もザンバラ頭でしたので俄か仕立ての庭師さんに・笑


庭に梅の古木が一本ありますが、いつころ植えられたか記憶にありません。
だから古木との認識になったのか・・
ことしの2、3月、その衰えた姿を眺めて過ごしたことが大きいとは思います。
数輪の花しか付けませんでしたから。

桜切るバカ。梅切らぬバカ。

酔狂に桜の枝を手折るのを諫める言葉として憶えてきたように思いますが
桜、梅の花、また樹姿を愛でる日本人の感性の発するものであり、
また、梅果収穫の農の知恵の言葉のようにも思えます。


ところで、この切ると云うのは難しいー!

昨日の最大難渋の仕事は、梅の木の切断でした。
いっそ根こそぎ!とも思ったのですが
断ち切れがたい思いもあって、横に張った枝の上部のところから主幹を切り落としました。



断ち切れがたいと思ったのは、旧懐、未練の想いではありません。


来年の、さらにその先の梅への希望、夢です。


希望・夢を断ち切らないために、主幹を切り落としました。




迷いを切る。


切る。





======
宇和島の庭で

鬼北の山で





======


松山ん家の小さな菜園の、トマト、ゴウヤ・・摘芯なるコトバは聞きかじっているのですが、いざ摘み取る段には手先が震えたりもいたします

さー。摘芯作業に取り掛かるといたしましょー!!(^^)

2011/06/24

【たい焼き】涙はいつか花になる




Posted by Picasa

                     泳ぐ鯛焼き君~!?

■きのうは、上海から帰国のKが例のごとく立ち寄ってくれて、4時ころから痛飲。
久しぶりに肉を焼く。

しかし、お通しに用意した手造りタタキとヒジキ煮と、ボソボソ話で盃が進み重なって行く(笑)


そんな時間は、あっと言う間に経過する。

9時ころには、空腹感と云うのではなく、なにか物足りなくなってきたとき目と目が合って、頷きあう。

"たい焼き"~~~!!

しかも、それは
"日本一"~~~~~~!!!

■Kが、「これも土産だよ。」と手渡してくれた。

「日本一たい焼き」の名を知ったのは3年前。
教えてくれたのも、Kだ。

高校時代に知り合ったKは、家族を茨城をのこして上海で頑張っているが、帰国した時は松山へ寄ってくれる。
「おい、日本一のたい焼き食ったことがあるか?」
そのときは、空袋を差し出して
「おれにブログを読んで貰いたかったら、ルポしてみろよ。」

(書くぜ!と気楽に言ったままにしているが・・)
(尻尾までギッシリ、餡子が詰まっているのが売りで凄いんだ。)
3年前のKの言葉が浮かんで来て、尻尾に齧りついたら白あんがあふれてきた。

皮の残った白餡だ・・・うまい!
冷めているけど、モチモチとして豆の匂いさえ感じられた。

(懐かしい匂いだ・・そう
Kと宇和島で齧り付いた、タイコマンの匂いだ。)
46,7年前のことだが、その匂いは褪せていない。

滲んできた目の汗みたいなものを拭って、本の話などをした。
ぼくは、「読み聞かせ」で読んでいる絵本のことを話した。
「読み聞かせ」に参加するようにしたよ。と伝えたときの、ほんとうに嬉しそうなKの顔を忘れられないからだ。

■朝。

「よーし。空港から日本一たい焼きのルポ取材だ。」とボクが言うと、Kが応えた。
「空港の前だ。ルポしてから回ってくれ。」
「ブログにアップするからオマケしてくれって頼んでみよう。」

久しぶりに声をあげて笑った。




【R56沿い】松山から松前町に入ってしばらく走ると、左手(東)に看板、赤い幟が見えて来ます。
(南黒田ですから松前町の南端。)
駐車場が完備されています。

出発前、Kが開店時刻を確認したら10時。
到着したのは15分ほど前で、外観の写真を撮らせてもらおう・・と思っていましたら
大きな袋を提げたお客様が出られて来ました! 人気あるんですー!!




目に青葉 山ほととぎす 小豆あん・・・・・

"いらっしゃいませ・・”


なんかホッと感じた玄関の立て看です。








店内の様子です。
左手に厨房、会計コーナーがあります。
ベンチも用意されていて、こちらで休憩もできます。


セルフの湯茶も。

やさしい気配りです。












こんな・・感涙ものです~

雨の中、ご来店ありがとうございます。
ご自由にお使いください。




手指の洗浄・消毒スプレーも。







なにやら覗きこんでいるのがK。
奥手が、厨房、会計コーナーです。
はたしてKの「おまけ交渉」や如何に!(笑)

ブログにアップさせてくださいー
Twitterでもー

わたしも、お願いをしながらシャッターを押し続けてましたが
「どうぞ。ヨロシクです。」と、やさしくご了解いただけました。ありがとうございます(^O^)


細やかな心配りの「日本一たい焼き・愛媛松前店」さんですが

会計のおりに目に入った募金箱・・・に書き込まれた九つの手書き文字・・・




                       涙はいつか花になる


勇気を頂いた、九つの手書きの文字でした。

(ありがとうございます。) 心の中で手を合わせました。

=====

あ!
オマケの鯛焼きに加えて小物も頂戴しました! 

「ありがとうございます!」これは大きな声でお伝えをいたしました。

交渉役のKへは、小さな声で「アリガトウ」


サービス・カード

ポイント・カード

ヘルシー豆知識の付いた鯛焼き小物



頂きました~~~












                     《小物のコーナー》



==== ありがとう。 この五文字に感謝合掌。 ====

2011/06/19

ツマグロヒョウモン (チョウチョ2)

ツマグロヒョウモンの♀ですね。
好きな蝶です(^з^)-☆

mixiアルバムにアップしてた写真に、コメントもらいました(^^)/

ブログ(チョウチョ1)に、「アカタテハかな?」と書いてしまったので
もう一度、「チョウの画像集」 ータテハチョウ科ーを繰ってみましたが、にわかに区別判断がつきません(笑)

いろいろ写真をググって、「ツマグロヒョウモンで間違いない。」
と書くと昆虫ジィちゃん風ですが、気になったのは > 「♀」

(メスがこんなのなら、♂はさぞかし)
クジャク、雉、アオ首(カモ)、、、
女性には不興を買うかもしれませんが、♀よりもオスの姿態のほうが美しい~

結論を申せば
ツマグロヒョウモン♂は、ただのヒョウ柄。関西の奥さまに敵いません(笑)

===本題は以下


ツマグロヒョウモン


■全体に鮮やかで目立つ色合いだが、これは有毒のチョウ・カバマダラ擬態しているとされ、優雅にひらひらと舞う飛び方も同種に似る。ただしカバマダラは日本では迷蝶であり、まれに飛来して偶発的に繁殖するだけである。南西諸島ではその出現はまれでないが、本土では非常に珍しい。つまり、日本国内においては擬態のモデル種と常に一緒に見られる場所はなく、擬態として機能していない可能性がある。


■日本では南西諸島九州四国本州南西部で見られる。本州では1980年代まで近畿地方以西でしか見られなかったが、徐々に生息域が北上し1990年代以降には東海地方から関東地方南部、富山県新潟県の平野部で観察されるようになった。2002年には北関東でも目撃報告がある。2006年現在、北関東でもほぼ定着し、普通種になりつつある。


ウィキより  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%92%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%A2%E3%83%B3  



■ツマグロヒョウモンは、ひらけた草地などを好みます。主に西日本に分布していますが、近年関東地方などでも見られます。メスの前ばねの先にある黒い部分が特徴で、名前の由来にもなっています。これは毒をもつカバマダラに似せていると考えられています。幼虫はスミレ科の植物を食べ、市街地では植えられたパンジーの葉も食べています。幼虫は黒い体に赤い線が入り、長いトゲでおおわれています。さなぎはトゲのようなものが並んでいます。そのいくつかは金属のように光っています。
環境省・いきものみっけ より


■擬態(ぎたい)Mimicry:ある生物が、その生物以外の生物、または環境に体の色や形を似せることによって、生存率を上げる方法の一つ。昆虫類は、特に発展しており、良く研究の対象とされる。環境にとけ込む隠蔽型、天敵を錯乱させる眼状紋、毒虫などのまねをするベイツ型、毒虫同士でまねをするミュラー型がある。 →蝶の生態

ぷてろんワールド 蝶の百科ホームページ より
http://www.pteron-world.com/index.html







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2011/06/18

チョウチョ(蝶) 1章

■60才を過ぎたいまでも、蝶の舞う姿、草花に羽を休める姿に出合うと、思わず「チョウチョ!」と胸騒ぎみたいなものを感じます。

「蝶々」の読みは「ちょうちょう」ですが、その音感から浮かぶのは蝶々夫人で、「ちょう」となると別世界となってきます(笑)
冗句は措いて、幼いころから「チョウチョ」と呼び慣れているということ。

きょうは、午後の散歩に常と違ってカメラに望遠をセットして出掛けたのは、急速に天気が回復して、チョウチョを撮りたいと思ったからなんです」。

幼いころに、昆虫採集に熱中した記憶はないし、
むしろ、ピンで止められた標本類には嫌悪、恐怖感をもっていたように思うのですが。
それが何故今日、「チョウチョが撮りたい」と思ったのか。

(カメラ写真も、早期リタイアの無聊慰めに子に勧めれて4年目になりますが、目の前にチョウチョを見つけたときシャッターを押したんだな、と言う程度です。)


■写真に撮ることができたなかから何枚かを

モンキチョウ(紋黄蝶) 紋白蝶と並んで幼いころから名前を知っているチョウチョです。


ひらひらと舞って、花を渡っていますが、舞う姿は追い切れません。
望遠レンズですからなおのことで、花に焦点を合わせて待つだけです。





アカタテハ(? 図鑑を見ても解らない、区別がつかない・笑












「チョウの画像集」 
を捲って、タテハチョウの仲間かな・・これくらいしか知識はありません。







アゲハ  そんな知識ですが、アゲハは一見してそれと解るチョウチョのひとつです。











急上昇、急降下の舞いは捉えること叶わずでした。常のことですが(笑)


モンシロチョウ(紋白蝶)  あっ、モンシロ!とシャッターしましたが大ブレでした(笑)



よ~っし!とカメラを持ち直したとき姿は見えませんでした。


「チョウチョを追い続けたい。」

そう思いました。
写真撮影のテーマ(対象)と云う意味ではありません。

具体的に、


夢見るじぃちゃん (雨の日のチョウチョ)】

5/14付・mixi日記のタイトルで
内容は、『雨の日のチョウチョ』~絵本~のラフ原稿です。

推敲しなくっちゃと思いながら、もう1か月以上放りっ放しです。
あきらめて放擲したのじゃありません。
理由は、こうだと思います。

なぜタイトルが『雨の日のチョウチョ』なのかが、作者たるボク自身が明確にできてないことに尽きます。
何を書こうとしているのか、書きたいのかが作者自身が分かっていないと云うのでは・・自己弁解的には、書いて破り、破いて書いていたら少しづつ分かって来るさ。と云う理屈めいたものは用意してましたが、一歩も動けないままです。

この状況を破るために、ボクのチョウチョを追い続けたい。
こう思ったんです。

その一歩目として書いたブログです。
一歩目としたいです。

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(かがくのとも 2011年3月号)

ちいさないきもの むし
かがくのとも
虫が一生に食べる葉の量や、花の蜜はどのくらいでしょう。キャベツ半分くらい? コップ一杯くらい? いいえ、それよりも少ないのです。経済的にゆたかな人は、いかに食べ過ぎないかを課題にします。では虫はどうでしょうか。太った蝶やバッタはいるのでしょうか。……子どもたちが日頃親しんでいる虫たちが、小さなからだで実現している大きな働きを、ひとつひとつ見ていきましょう。
定価410円(本体価格390円)

ページ数:
28
サイズ:
25X23cm
初版年月日:
2011年03月01日
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1_2対象年齢5才~6才向き3_2
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◎バックナンバーは、ホームページからの購入ができませんので、おそれいりますが、お近くの書店か、福音館書店MO係TEL03-3262-1642に直接ご注文ください。




折り込みふろく「かがくの友のとも」巻頭に作者のことばがあり、
得田之久さんが『青い蝶の幽霊』と題されて一文を寄せてもらっています。

得田さんは、昆虫の絵本作家として著名のかた。
(わたしは、読み聞かせに加えてもらって初めて識りました。したがって作品を読んだのもこれが初めてです。)

出版社の企画も5~6才向けの月刊誌「かがくのとも」。
文章から作者の虫に対する想いを汲み取ることは困難かもしれませんが、自然の一部として生きる「むし」たちへの慈しみの視線、、思いが伝わってきます。

この視線、思いの源泉は何なんだろう。

作者紹介の記事には、「昆虫少年として年少期を過ごし・・」とありますが、その事だけとは思えません。
それならば、チョウチョの名前もおぼつかなく、標本のたぐいに恐怖した私に「雨の日のチョウチョ」が書けようはなくなってしまいます(笑)。



『青い蝶の幽霊』

この表題にすべてが込められているように感じました。
直截的には、自然に対抗するがごときニンゲンの驕りに対する反発、反省が原点にあるように思えました。
それと、けっして忘れてはいけないと自分ご自身に問い詰めるモノを内在させている緊張感のようなものを感じることが出来ました。

締めの文章だけ転記させてもらいます。

でも、あの時雑沓の中で青い蝶に気がついたのは、僕と見知らぬ一人の少年だけでした。


==☂

「みさし

雨の日のチョウチョは、葉かげで雨のあがるのをまつんだ。上がるまで待つんだ。」

チョウタの声が届いたように思う。