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2011/03/31

【見つめる】(1)

◇今日は、山口の祐輝くんの誕生日(2才)


去年の10月19日、防予フェリーで柳井まで見送ったときの写真に

   【海は広いぜ!空はでっかいぜ! 君の眼で見つめよー!】


と、メッセージを添えて HappyBirthdayメールした。



「植栽して3年目の春に、淡紫の花を咲かせてくれたよ。」
と、「いたわり」の花言葉を託されたクリスマスローズの写真も添えた。

3/28撮影




◇3/26に、唯花、彩花姉妹が初めて防予フェリーに乗ったときの写真がフォトビューアーに送信されてきていた。



『うみは ひろいな おおきいな♪ 』と、キャンプションが添えてある。


【見つめる】 ふっと、そんなコトバが浮かんだ。


何を見てんだろう・・
確かに見つめている


イワキの姉妹の"見つめる"純な眼差しに倣いたい、学びたいと思った。




そらも みあげよう。 ちきゅうは ひとつ うちゅうせん」
そう語りかけてあげたいと思ったけれど
メールは止めて、tweet(泣き虫じぃちゃんの祈り)した。


(泣き虫じぃちゃんの、ワメキtweetには辟易されているむきもあるようだが、それが在るがママのオイラだから、お赦しをねがうしかない)


庭に出たら、この正月にユイちゃんと植えたチューリップが咲いている!








まだ青い蕾も、色を見せ始める蕾も





唯花ちゃんにメールした。

唯花ちゃんと植えたチューリップが咲いたよ♪
赤ちゃんの蕾も、いっぱいで~す(#^.^#)




ビオラもシクラメンも、クリスマスローズも








何を見つめてるの・・




今を見つめている




今を見つめいる






今を咲いている







2011/03/28

伝えたいこと

いま、yama_syoくんのtweetを読んでます。

いわき到着~! ♪(´ε` ) yama_syoは「休憩を小まめに挟めば意外にいけちゃう」をラーニングした。
posted at 15:16:50  (3/27.以下同じ。)


携帯の着信履歴を見返したら
直後に通話してました。(15:17)


わたしの、こんな「イマココ」tweetを見ていてくれていたことを納得しました。



@yama_syo 宇和島に着いたよ。\(^o^)/で、守谷って…、携帯からです(笑) 安全確認ヨロシク!!
posted at 12:50:48


冒頭に引いたyama_syoくんのtweetには、わたしのそれにある宛先がありません
伝えたい先が沢山あるのは容易に想像できますが
これは、先ず大きく深呼吸。
自分に宛てたtweetのように思えます。

4才、1才の娘と妻を、福岡市の実家に避難をお願いし
家族のために、ひとりイワキのイエに立てた身震いに耐えるtweetに思えます。


父は息子の伝えたいことを、そのように読みました。

二度、こんなtweetをしました。

きみの判断を諒する。

きみと同じく、宛先をおかないtweetだったと思いますが
一義の宛先は、自分自身なんですよね。

おのれの自身の判断を諒する。

換言すれば、「おのれの判断はおのれ自身の責任。瑕疵あれば自分が受けとめる。」なのかな。

と言って、唯我独尊の勧めじゃないです。

弱虫、泣き虫がヒトの性の一つとするなら、
だからこそ、
思い合う(想像し合う)ココロが大切なんじゃないだろうか。

尊重し合う、信じ合うことが大切(愛)ですね。

それが、共振、共生

コムーネ






白いクリスマスローズがことしも咲いてくれてます。




淡紫のクリスマスローズも植栽から3年目の春に花弁を開いてくれました。






花コトバには、さまざまな想いが込められているのだと思います。
それは、さまざまな祈りでもあるのでしょう。


こんな、クリスマスローズの花コトバもありました。


クリスマスローズに今ひとつ花言葉を加えるとしたら いたわり


http://www.wakaizumi-farm.com/index.html より。




自然のなかの、ほんの一部分として生かさせてもらっていることに素直に感謝し


等身大の湿度、温度で


いたわりあい、支え合い、思い合いの歩を踏みしめたい。




4月からの「読み聞かせ」。
「読み合い」をさせてもらうことに感謝して持続して行こう。




ありがとうございます。
だんだん。

【いま此処】 



■今日は、べらべら喋りっ放しでごめんなさい。
いや今日だけじゃありませんけど(笑)


とくに今日なんぞは、「いま此処」所在住所をtweetするばっかり。




「いま此処にいる」を知る安心感と、「いま何処にいる?」の不安感


■昨晩8時、Sは山口市を出発し福島・いわき市を目指しました。
最短コースで山陽道、東名、常磐道の1,200Km。
想定はしていてもガソリンのことや、地震による不測の事態もあり得ます。


■車を止めたとき余裕があれば、「いま此処」を連絡してくれるように頼みました。


■わたしも日帰りで宇和島の家から山間の墓所へ他の用あり。
Sからの連絡をPCの前で待つことができません、連絡に即応答もできません。


■それが、Sに無用の心配となることを懸念して、わたしも出来るところで「いま此処」をtweetすることにした次第です。


■「情報量パー処理時間」でみると合理的とはいえませんが効率的かと。


情報の量と云う意味ではコトバのやりとり以上のものがあるかとも。


そんな、個人的事情、思い込みだけを優先したtweetでした。


■ごめんなさい。


■でも、多くの励ましをいただきました。ほんとうに嬉しく感謝申します。
ありがとうございました。
コトバ(論理)を超越したモノが確かにある、実感できた一日でした。




「いまワタシは此処にいる」
  
  ココロの在り処をもとめ、自問自省していきたいと思います。




■■二つのサクラ

■宇和島の家の「かいどう桜」

今日、2カ月近く居続けになった宇和島生活に一区切りをつけました。
小さい庭の、なんどか使った物干しの支柱の足許に鮮やかな紅の花が咲いていました。


「かいどうざくら」の音(オン)と、葉と一緒に花が咲くと云うことは、なにか聞いたような覚えもあるのですが、もしやとネットを繰ってみると間違いなく「かいどう桜」です。

こんな記事もあります。

絶世の美女を例える華
花海棠(はなかいどう)中国では牡丹とともに最も愛されている花です。その美しさから様々なエピソードがあり、唐の玄宗皇帝は世界三大美女として名高い「楊貴妃」をこの花に例えて詩を読んだと言われています

盆栽にして愛でられるようですが、宇和島の家の桜は地植えされてます。
4年前、父に先だって逝った母の手ずからのものだと思います。

咄嗟には、派手さを嫌った母に似合わない感じがしたのですが
13の歳に両親と死別し、地元の親せき宅を何軒か頼ったのち、教師をしていた伯母に引き取られそこで私の母になった~その間のことは、まったく語ることはなかった~ことを思うと

母の土地に対する思慕を感じざるを得ませんでした。
在るがままに咲く「かいどう桜」が見てみたい。
そんな願いが母の心にあったようにも思われました。

翻って、この2カ月、宇和島の街をめぐり写真を撮り、ブログしたタイトルは「レトロに彩りあり」などと・・・
要は、記憶の不鮮明さに慄いた思い出探しを糊塗する気どりでしかないのです。

■鬼北町奈良 清家公園の桜


山間の小さな盆地の町のなかに小島のような丘陵があり、ソメイヨシノが植栽されています。
母の伯母~わたしを溺愛してくれて、わたしは物心ついたときから「おばあさん」と呼び、それはいまも同じです~の家の真裏といったところにありますから、わたしも幼小のころから花見を愉しんだりもしました。
その東斜面の辺りが墓苑になっており、一画にお祖母さん夫妻の墓とわたしの家の墓が並んで建てられています。

・・・・・・・


不孝モノの親孝行にと納骨までは宇和島の家に居ろう。居てあげたい。
春のお彼岸の間は、宇和島の家で一緒に居ろう。居てあげたい。

・・・・・・・
とうちゃん。かあちゃん。
オイラのフルサトは此処だよな、

見上げたら、
山間のソメイヨシノも開花を始めていました。

そこに感傷はありません。無用です。

在るがままに、山間の桜は咲いている。

在るがままに


在るがままに

・・・・・・・・

未定稿

2011/03/24

「読み聞かせ」読み合い・純で柔軟でタフな子たちに学びたい。

◇去年の10月から、小学校での「読み聞かせ」に参加し、絵本を読み、
子たちのまえで号泣したりの失敗もあったけど
子たちに元気、勇気をもらっている自分に気づいて
吸い取り紙のように純で、柔軟でタフな心に倣いたい、学びたい、・・・


そんな、1月31日、
父の急逝で宇和島の家に
2月の15、16日、一度帰松した。

2/15は「読み聞かせ」メンバーの茶話会・atカフェマリラ&マシュー

お世話をしてもらっている、きょうせい先生とメンバー。
子どもさんが在学のお母さん。
子どもが大好きな奥さん。
男性は二人。読み聞かせに誘っていただいたHさんとわたし。


お願いして大好きな『ふでばこのなかのキルル』
を読んでもらったりした。


自己紹介で、こんなことを言った。
宣言のつもり。

読みたい(感動した)絵本を、淡々と読みたいとおもいます。泣けたときは・・その時です。

ヒンシュク覚悟(笑)

2月の読み聞かせは休ませてもらっていたが
翌16日の参加と、3月いっぱいのお休みをお願いした。

読み聞かせ前の教室・1年生
1年生はグルッと半円座で聴いてくれる。
ぐっと近く、読み合いをしている感じが好きだ。
一度、三年生のクラスで
担任の先生が、「申し訳ありませんが・・・みなを前に集めてよろしいでしょうか」
と声を掛けていただき、
(はい。どうぞ。)肯首すると一斉に、みなが前に寄ってくれたのは嬉しかった。

16日は、Mちゃんのクラスで読ませてもらった。
一人で先生を待っているMちゃん。
水曜日には、ママトンさんを待ってくれている。

はじめて会った時、
「ぼくはおじぃちゃんだから、ジジトンかな。」と挨拶したら
クックと笑って、おおきく肯いてくれた。
先生が入ってこられて
「あ、この前のお昼の読書会のおじちゃんだね。」と声をかけると
(うん。うん。)おおきく肯いてくれた。

Mちゃんと読んだ「おもちのきもち」

おもちをペッタン、ペッタン
餡子をまぶされて
大根おろし漬に
納豆まぶしも

ペッタンの場面では、「わぁ~♪」
まぶし餅は納豆が好きなんだ 「なっとー!」

食べられては大変と、
鏡餅が、ソレ~と駆けだしたときには「お~♪」




でも、最後にだんだんと硬くなっていく鏡餅の顔に、
Mちゃんの顔も曇った・・「かおが へん・・」

村人が、犬もニワトリも、絵顔で取り囲んでいる真ん中の鏡餅の満面の笑みのページを
近づけてあげたら
にっこり、(うん。うん。)大きく肯いてくれた。

「おもちのきもち」かがくいひろし作・絵

Mちゃんは、とても素敵な絵を描いてくれる。
純で素直な心象を彩りよく描いてくれる。
はじめて会ってから3カ月ちかく経っている
勇気、癒しをもらいに行きたかった。

教室を出るとき
「またね」と言ってくれた。

こんどは、ぼくが(うん。)と肯く番だった。
(Mちゃん、ありがとう。)


◇宇和島に戻って、1カ月が過ぎた。
亡父の仕舞事に、大地震・・・

この間、高校を卒業まで過ごした街を巡ったり
40年ぶりの友人に会ったり
心を安らかにしてくれたのは、「絵本」だったかもしれない

『母の友』を初めて手にしたも、この間のことだ。


保育者として38年目という柴田愛子さんの連載60回(最終回)。(3月号・694号)


タイトルは、「子どもを主役に」


一部、抜粋させてもらいます。


見ず知らずの子どもたちが出合い、親の保護のない場所で、
自分の足で立ち、関係を築き、仲間になってきました。
やんちゃな子も、臆病な子も、いたずらな子も・・・
どの子もその子として尊重するという大人顔負けのことを、
幼児が無意識にこなしてしますのです。・・
それは私の「どの子も、ありのままでよし!」
という保育感を作ってくれたように思います。


子どもを主役に主役に見ることができるようになってからは、
楽しくて仕方ありません。・・・
私にたくさんの元気と知恵をくれる子どもって、ありがたい!
と思う日々です。



『母の友』定期購読発注/月530円の節約しよう。
きのうのtweetです(^^)/ じぃちゃんの友にしたい(笑)
福音館書店|月刊「母の友」

21日には、こんなtweetも、


ゆいちゃんと絵本を読み合い。
 『ちいさないきもの むし』
4才の感動が新鮮。



【読み聞かせ】うまく表現できないけど、子たちには、自然のなかの一部分としての自分を無意識に理解していると云うか、そんな存在感があるね。この内容は難しいのかな?そんな思いはオトナの驕りかもしれない。☆「読み聞かせ」を【読み合い】と云うようにしてます。


なんにあっても、これが全て(best)はないと思います。


子たちの新鮮な感動に元気、勇気をもらって、ありがとうって




ぼくの【読み合い】を続けていきたいと思います。




純で柔軟でタフなドングりくん、ドングリちゃんに学びたいと思います。



むし の歩みを踏もう。