2012/11/13
☆misasi考(思)☆ なんてん(南天)の赤(朱)い実を見て思ったこと・
庭の南天の木に赤(朱)い実が着いてます。('12.11.13)
初夏に白い花が咲き、晩秋から初冬にかけて赤色の小球形の果実をつけるナンテン
南天の字が充てられてますが、なんで・
生家のトイレの周囲に白い花、赤い実の南天の姿があったのを覚えていますが、方角的には西側だった記憶・・
なんでナンテン、南天なんだろう・
☆ネットって良いですね^^
即ヒット> ズバリ
「南天研究所/南天豆知識」
☆この南天、中国では古来、「南天燭」「南天竹」などの名前で呼ばれており、日本名の「ナンテン」は中国での名称を簡略化したもの。
これが訛(なま)ってナルテン、ナッテン、ナピテンとも呼ばれるようになりました。
☆日本ではナンテンが「難転」~難を転じて福となす~に通じることから、縁起木として愛されてきました。
☆初節句や七五三など、お祝い事に南天の葉を添えて食べるお赤飯。
赤い色は厄除けの力があると信じられ、江戸後期から慶事に用いるようになりました。
☆昔の家のお手洗い(厠)は家の外にあるのが普通で、そのお手洗いの周りには必ずといっていいほど南天の木が植えられていました。
これは「南天手水(ちょうず)」と称して、お手洗いに水がないとき、南天の葉で手を清めるためです。
もう一つの理由は、お年寄りがお手洗いで転んだり、倒れたりすることが多かったため、「南天の木につかまる」(難を転ずる)ことが目的でした。つまり、「不浄よけ」と「生活の知恵」の両方が備わっていたのです。
☆南天のルーツを探ってみましょう。一説には南天のルーツを探ってみましょう。一説には平安初期の僧、弘法大師(空海)が804年、唐から南天を持ち帰ったという説があります。
弘法大師が南天でできた古い杖を石垣に突き刺したところ「弘法も杖?の誤り」か、各地に南天が根付いたという伝説が残っています。
乱暴に抜粋しましたが、南天が古くから人の生活の中に定着してることが解かります。
トイレの方角とは全く関係なし^^;
しかし南天の薬効が、かくも生活に活かされているとは
==閑話休題==
初夏に白い花が咲き、晩秋から初冬にかけて赤色の小球形の果実をつけるナンテン
【白が赤(朱)に】
花が咲いて結実するのは草花のDNAみたいなものでしょうし、その意味からは何の不思議もないのですが
人生の各年代(ライフ サイクル)が、青春・朱夏・白秋・玄冬 と捉えられており、それはそれなりに見聞しています
人生を四季・春夏秋冬に分け、それぞれを青→朱→白→玄(黒)の色でイメージしています。
年代 論語
① 青春 :16歳~30代前半 16歳 志学 学を志す
② 朱夏前半:30代前半~40代後半 30歳 立身 身を立てる(独立)
40歳 不惑 惑わず
後半:40代後半~50代後半 50歳 知天命 天命を知る(天命をわきまえる)
③ 白秋 :50代後半~60代後半 60歳 従耳 耳に従う(人の言葉を素直に聞く)
④ 玄冬 :60代後半~ 70歳 不超矩 矩を超えず(思うままにふるまっていて道を外れない)
63歳の人生を思えば汗顔至極でありますが、一方においては
60にして従耳 は、かく在りたいものよ その願望ではなかろうか
40にして不惑 も 惑わないヒトでありたい
そうでない自分があるから、それを克服したいとの願い、祈りじゃなかろうか
そうでない自分を嘆くんじゃなくて、そうでない自分を発見したことを悦ぶべきじゃなかろうか
深秋(白)に、赤(朱)の南天をみて思う
白秋を朱夏に往きたい(行きたい・生きたい・逝きたい)
今、そう在りたいと思う
今を悔いなく、精一杯にだ^^
'12.11.13 misasi・63歳・白秋の、まだまだ道半ば^^
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