ページ

2014/03/05

【魚成シャエンバmisasi】 畑起こし・じゃが芋の植え付け

3/3 宇和島から城川町魚成にりている【魚成シャエンバmisasi】へ。
シャエンバは菜園場のこととであろう。
初めて畑に来たころに聞いた言葉である。温かい感じが気に入って畑に「魚成シャエンバmisasi」と名付けた。 misasi(みさし、三刺)はSNSを始めたころからのHNだ(^^)

二度目の冬を越したが、正月明けに入院などあって(大したことはないが)
厳寒期に行う【寒起こし】の作業はできなかった
きょうは雛祭り(新暦)だ・・

しかし悔いたところでどうなるもんでもない。
ヤレルことをヤルしかない!(^^)

和さんが発する言葉で一番多いのが「畑は土を起こしただけのモンじゃ」

じゃが芋を植えるところに鍬を打つ。大きく大きく土を起こす。
すこしだけでも風を通して陽を入れてあげる。
グリーンに種イモを買いに行く。(まだ、あるやろうか?)


■JAグリーン
男爵はほぼ売り切れ。ネットが二つしか残っていない。
これは今からやし、美味いと言うんで栗じゃが(北あかり)を2ネット買う。
「えーかな!美味いけど、煮崩れしやすいけん気をつけんとイケんよ!」
こんな声を掛けてもらう。
頬が緩む(^^)

栗じゃが
堆肥(できるん・ど)3袋
化成肥料 8-8-8 1袋

■種イモの大きさを見て(適当に)、大きいのは二つに切って天日に干す

■もう一回、鍬を打って堆肥(腐葉土)をたっぷりと撒いて管理機を回す。
何度も何度も繰り返し回す。
左回り、右回り、そして急転回を繰り返す。
土を起こしただけのモンじゃー!(^^)

畝立てまでできるやろか。いや、やる心算でいたんだけれど(笑)
夕方5時の歌声時報が流れてきた♫
月替わりで城川の幼稚園児、小学生の歌声が時刻を知らせてくれる
今月は 「ふるさと」 だった

通い農人に滞在(作業)時間の制限はあるが、農事はそんな制限を越えたモノだ
無理をしても何にもならないのは、この一年半でいっぱい学んだ(笑)


☆閑話☆
シャエンバmisasi亭!(^^)




美味しヽ(^o^)丿


■3/4朝
奥伊予の朝は、まだまだ寒い
これからも霜が降りる
靄りがない。
(天気は下り坂かな)と思う。
(※日中は暖かくなったが、16時ころ暗い雲が湧いて来て帰路、犬寄峠辺りから雨が降ってきた)

■■じゃが芋を植え付ける■■

筋掘り5条

種イモを植え付ける筋に肥料を「置く!」
和さん曰く「ぱらっと撒くんじゃないぞ!!」

☆肥料が見えなくなるように土を被せて種イモを置く。間隔40cm。
和さん>肥料に種イモがあたってはイケん!!


■黒マルチ
種イモに土を被せ(5cmくらい)て
☆黒マルチで覆う!!☆
途中途中、土で押させていくのがコツ!
当たり前みたいだが、去年は頭にすら浮かばなかった^^;

平鍬で土を被せてマルチを押さえていく
8mの畝を2条
1条に種イモ20個植え付け


あとは、生長を待つだけヽ(^o^)丿

ところで、マルチに穴が無いじゃないか?!

■きょねん、初めてじゃが芋を植え付けするとき和さんが教えてくれた
「黒いマルチを架けてやっとらエエ」

「穴あけて芋を植えるん?」尋ねたら

「そのまま。そのまま!
あとは、土の水分と熱が育ててくれる。
芽が出て伸びてきたらマルチを持ち上げるけん、そこを開けてやったらエエ」

(エエ、え~)笑

「穴が大きすぎる!」 叱られた後日譚はさせ措いて、すごい技。すごい自生力。自然力です(^^) おのえばえ力!!


■さて、種イモのネットをみたら
植え付け時期は、1月から4月となっています。

暖地、寒地、その中間地があるからでしょうが、南北の違いの他に高低の差も大きいです。
同じ地区と思っても峠をひとつ越すと農事に違いがあります。

畑畑の農事があると言って良いのかも知れません。


「入院しとった言うが、病気は何じゃった!」・・
「今年は、じゃが芋植えんのか?」

去年は、駅伝の日に植えたけんな。遅なった思うとるとこよ」

「そうじゃったか、駅伝走っとった日やったかの」
「無理しちゃいけんがの・・じゃが、じゃが芋は2月中じゃ・と昔から聞いとる」

和さんと話したのは先週だった

農人misasiに最初に記憶されたじゃが芋の植え付けの日は駅伝の日だったが

去年の駅伝の日・・風が強かった
マルチを被せるのに難儀したな・・・

その時、声を掛けてくれて手伝ってくれたヒトがいる
お蔭でマルチを掛けることができた

そのヒトが話してくれたことに

きょうは風が強くて寒いけど
ネコヤナギが銀に輝いて、鮠(はや)が戻ってきたら春です

雪解け水で嵩を増した田穂川のネコヤナギが莟むころ、鮠が戻ってくるころ

それが、魚成シャエンバmisasiの「じゃが芋の植え付けの時期」だ(^^)

2014/02/06

 《Your most liked moment》  

Facebook10周年記念のサービスらしい

《あなたのFacebookムービー》

初投稿 your first moment から流れ始めて


【your most liked moment】に、この一枚が

どんな選択基準があるのか分からないけど
身震いする衝撃

稲木

稲木越しに眺めた光景

温かそうな 「おこんま」の光景


それは私の中の原風景のひとつである


’12.09.22 男河内にて
Facebookのアルバム 「秋の城川①」

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.347197752036721.81322.100002394981211&type=1&l=26558abdab










moment とは

  瞬間

  時、時機、機会、場合

  今・現在



時は流れる

その流れに逆らうことは出来ないけれど

思い出すことはできる

あの瞬間、時があったから 今・現在があるんだ

あの時を忘れずに今・現在をいきよう

歩き続けよう!

歩き続けよう!!











2014/02/05

【ふと思った】温かかった山茶花

2/4立春
《松山市役所の山茶花が温かかった》

今日、市役所に行ったのは先日の入院
国保にも高額療養費用の制度があるだろう ネットで概要は把握できたが、詳細は直接教えていただくのが間違いもないし結局は早道になるであろうと思ったからなんですが

役所の窓口の応対に、余り良い印象を持っていない(^-^;

「こんなことも分からないの」
「こちらは忙しいんだよ」
もちろん、実際に言葉を突きつけられたことはありませんが、応接の態度に感じることがあります。
そうなると、こちらも
「分からんから来とるんでしょうが」とか「教えるんが仕事だろ」になってしまいがちの堂々巡りです(笑)


ここに、そんな恨みつらみを言いたいんじゃないんです^^;


今日、窓口で応接していただいた担当者の方に


《一般の方が分からないのは当然で、だから自分たちの仕事がある》

それは当然のことなんですが、
当然のことが当然に為される(成される)ことの貴さ
を感じることができて、
ホッと温かく嬉しかったことを書き留めて置きたいと思ったと言う次第です




満開の山茶花 それは花期の盛りを終えると言うこと

落花の花びらが地表を優しく覆っている

まるで生まれたての春を慈しんでいるように思える


帰路にながめた市役所の山茶花が殊更に温かく感じられた・・







《当然のことを当然に為す》

唯、今を咲く唯の花

2014/02/04

【ふと思った】 「鰯の頭も信心から」

2/3、きょうは「節分」

季の節目だから、立春、立夏、立秋、立冬と年に4回あるが
立春の前日の「節分」の行事がポピュラーである。

春夏秋冬、春が一年の始まりであるから
「さぁ、新しい年を迎えるんだ」
意気込みが違うんだろう^^

「節分の意味と由来とは?」

さておいて、節分の行事には

「豆蒔き」
鬼は外、福は内と炒った大豆を撒いて
齢の数、あるいは+1粒の大豆を食す

最近は、太巻きの巻き寿司を「恵方巻き」と称して頂くことが流行している

1/31に数え66になったが
66粒、堅い大豆は無理かな^^;、水煮の大豆を買って五目煮を炊きました^^

もう一品は、鰯の丸干し二尾。お頭付き^^


鰯に飾ってるのはヒイラギ。冬の木、柊。
火に炙ったらパチパチ音がする、、、なんかホッとする音と匂い


昔から臭いのきついものや尖ったものを厄払いに用います。そこで、鬼の嫌いなものは「臭い鰯(いわし)の頭」と「痛い柊(ひいらぎ)のトゲ」とされ、鰯の頭を焼いて柊の枝に刺し、それを家の戸口に置いて鬼の侵入を防ぐ焼嗅(やいかがし)という風習がうまれました。また、鰯を戸口で焼いて臭いをかがせることを焼嗅と呼んだり、鰯の頭を柊の枝に刺したものを柊鰯鰯柊と呼ぶこともあります。
 (http://allabout.co.jp/gm/gc/220584/ より抜粋引用)


焼嗅(やいかがし)、柊鰯鰯柊の呼称には記憶はないですが、
「これで、鬼の侵入を防ぐんじゃ」バァチャンの声を思いだすことができます

退治ではなく侵入を防ぐだったです。
そう言えば、部落を取り囲むようにたてられていた記憶も朧ですが残っています。

柊に鰯の頭、
いまではほとんど見かけることがなくなりましたが
こんな風習から、信仰心のようなものを学んで(教えてもらって)いたんじゃないかと思います。

「鰯の頭も信心から」
皮肉る表現に使われることが多いようですが、含蓄深い古人の知恵を感じます


【読み】いわしのあたまもしんじんから
【意味】鰯の頭も信心からとは、つまらないものでも、信仰の対象となれば有り難いと思われるようになるというたとえ。

【鰯の頭も信心からの解説】

【注釈】鰯の頭のようなつまらない物であっても、神棚にまつって信心すれば、有り難いと思うようになることから。
第三者の目からはつまらないものに見えても、信心する人にとっては尊くありがたい存在になるということ。
「信心から」は、信心次第という意味。
昔、節分の夜に鰯の頭を柊の枝に刺して門口に飾っておくと、鰯の臭気が邪鬼を追い払うといわれていたことからできた言葉。
何かを頑固に信じきっている人をからかうときにも使われる。
「頭」は「かしら」とも読む。
『上方(京都)いろはかるた』の一つ。

「故事ことわざ辞典」より

解説にあるように、頑迷に凝り固まっているのをからかうときにも使われますが
かっては(そんなに昔じゃありませんが^^;
それは、からかいであって排斥とか否定ではなかったように思います

いまはどうだろう?
全否定を感じてしまいます
考えの違いを論議することなく否定することによって自己の存在(考え)を正当化して安堵している
そのように思ったりすることが多くあります

そんな昔じゃない昔にあったのは、
考えの違いを、否定するんじゃなくて、からかうことで容認する、そして調和を保つ知恵じゃなかったのかな

調和と言う言葉には反発したくなるんですが^^;
集団生活を円滑に維持するためには大切な視点です

風習には、そんな視点のようなものが知識としてでなく、生活の言葉で伝えられてきたもんじゃないのかな、
そして、それが知恵の言葉だと思います。

「これで、鬼の侵入を防ぐんじゃ」バァチャンの声が届いてきます

鬼の話を、もっとバァチャンと話したかったなって思います





60余年まえ、そんな昔じゃない
そこには共感、共生の場が確かにあった・・

それも、「鰯の頭も信心から」なのかもしれないけれど^^

「今」信ずるところを歩み続けたいと思った66歳の節分の日でした